死後の真実

火曜日は女子医大時代の先輩と久しぶりに再会し、表参道のディルズフォード・オーガニックカフェでお茶してきました。
彼女は私の4つ上で今年40歳になるというのに、なんと当時の25・6歳の頃とちーーっとも変わらず、相変わらずオシャレさんで綺麗。
ファッションと美味しいものと映画が大好きだった私達は、時々一緒に出掛けたりして、唯一今でも連絡先がわかる先輩です^^

春らしい青と白の太いボーダーのトップスにジーンズ、大ぶりのブルーのグラデーションカラーのピアスが似合っていました。
現在なんと副婦長。(婦長の座は、断ったそうで。)
某大病院にお勤めで、今も夜勤をしているんだそう。
ほぇ~~、スゴイです~~~(゚д゚)!

職業的にも立場的にも色々大変そうですが、年に二回はどーんと海外旅行して、気の利いた年下の旦那さんといつも仲良くされていて、cafeでも昼間からビールをオーダー←昔っからそんなタイプで(笑)、人生を楽しんでて素敵だなぁと思いました。

実は当時この先輩に

「とーいさんは、もしかしたらナースじゃないことをした方が、いいかもね。」と

いつもテンパッてる私を横目に、私がナースにむいてないことを見抜いていたのでしょう(笑
私の興味は看護とか医療とかじゃなくて、もっと別のことだったので(先輩もそーーでしたが。笑)でも当時は必死になって仕事をしていたので、そんな風に言われてショックではあったのですが、後になって、そっかー、先輩は見抜いていたんだなーと思って、妙に納得しました。

お互い青山病院を退職してからはしばらく疎遠になっていたのですが、こうして今も立場は違えど色々お話することができて、とても嬉しかったです。

私の勤めていた青山病院は、女子医大の分院で、女子医大出身ではない他病院出身の方も多く入られていて、個性豊かな先輩がいっぱい(笑)、すごくアットホームな雰囲気でとても良い環境の中で仕事をさせてもらいました。
気さくで面白い先輩が多く、沢山可愛がってもらいました。
もちろん厳しくてこわーーーい先輩もいたけれども、そのお陰で「看護」というものをしっかり学ばせてもらったと今では思います。

時々私はアンチ現代医学的な発言をしてしまうけれども、でも医療や医学を全面に否定してるわけではなく、あくまで尊敬した上で、自分なりの「健康学」「死生学」を考えて今に至ります。
「医療」の力の素晴らしさ、偉大さも沢山見て来ましたし、そこで活躍する先生やナースたちを今でも尊敬しています。
そしてやっぱり自分の先輩たちの「看護」は素晴らしかったと思うし、看護短大の先生達も素晴らしかった。
患者さんに対する眼差しが違いました。
私達は学校でも先輩からも、患者さんを本当に大切に扱うように、その人の生活や価値観を大切にした心と身体のケアをするように学ばされました。
個性に応じて、厳しく指導することも、優しくなだめるように説明することも、臨機応変に対応して個人を尊重するように指導されてきました。
それは女子医大の理念だったように思います。
時々、上から目線で患者さんにモノを言うナースを見ると、あちゃーと思いますモン。笑

私達は時に死を看取ります。

そんな時、私達は慌てることなく容態を観察し、必要な処置をして、起こりうる状況に合わせて準備をします。
もちろん、新人の頃はあたふたして泣きそうになりながらやっていましたが(笑)、何度か超ヤバイ状況を経験すると、だんだん度胸がついてくるものです。

私の勤めていた病院は、いわゆる難病を扱う病棟でした。

症状が軽く、検査入院だけで元気に帰っていく人もいれば、何度も入退院を繰り返し、どんどん症状が悪化して、最後は人工呼吸器をつけたり、劇的な症状を呈して亡くなる方もいらっしゃいました。
整形外科もありましたので、関節が変形し、病気によって歩けなかった方が、手術をしてリハビリに励み、元気に歩いて帰っていくケースもありました。
そして、そのどの過程でも、多くの方が痛みや不安を経験しながら、勇気を持って自分の病気と向き合っていらっしゃいました。
私達は、そんな患者さん達から多くを学ばせてもらいました。

忙しくて休む暇もない夜勤でヘトヘトになっているとき、そんな様子を察してくれる患者さんはそっと励ましてくれたり、申し訳ないほど私達を気遣ってくれました。
命について何もわからない私に、様々なドラマを見せてくれました。
今でも亡くなった患者さんの、最後の瞬間を思い出すことがあります。
当時は力量のない自分を責めて落ち込むこともしょっちゅうでしたが、今は自分になりには「やりきった!!」と思って、自分を認めることにしました。

そして、今思うのは、「医療」は最善を尽くているし、患者さんも頑張っています。
相互に信頼しながら、お互いにベストを尽くしています。
だから、もうそんなに頑張らなくていいんじゃないかなって、思うんです。
お互いに頑張りすぎて、共倒れ状態のような気がしてならないののです。
これは私個人の考えであって、頑張りたい人に、「頑張らなくてもいいんじゃない?」って提案しても、「はぁ?頑張らなくてどーするの?」って言われちゃいそうですが(^^ゞ

「死」は敗北ではない。

それに気が付かないと、ますます患者は増え、医療・医療者は疲弊し、不信・不安が批難や対立を生み、新しい病気が増えていく。
そう思えてなりません。

死後の真実
E. キューブラー・ロス / 日本教文社

美しく穏やかな、死の本です。

namaste
aki

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