日曜日は燕スタジオ、月火と厚木カルチャー、本日はプライベートレッスン。
毎回、とても新鮮なきもち。
初めてヨガのクラスに来てくださる方との出会いや、馴染みの生徒さんとの心地良い距離感と会話、ささやかで温かな手応え、そういったいろんなものを受け取りながら、感謝の日々です。
だけど、とても静かで淡々としている。
仕事場に向かうとき、以前は少し興奮していたり緊張していたり、終わったあとはほっとして脱力したり、結果がいいとよく出来たとまた興奮してみたり(笑)、でも今はそういうのがなくなって、頑張ろう!とかちゃんとやろう!とか意気込みもなく、結果にこだわることもなく、冷静な自分を見つける。
たとえお客様がゼロだったとしても、真摯なきもちでスタジオに向かう。
ヨガの仕事を始めたばかりの時は、よくそんなことを思いながらドキドキしていました^^;
今でももちろん同じようにドキドキするけれども、気負いと期待を捨てて、淡々と仕事と向き合う。
今の自分にできることをやる。
ありのままの自分でいるだけ。
ただそれだけなんだ。
毎回、レッスンのテーマを考え、シークエンスを作る。
その作業が、私がヨガを学ぶ原動力の一つ。
ヨガを伝えること、何をどう伝えるのか。
自分の中にあるヨガのエッセンスを引き出し、本や資料を読み直したり、体を動かしたり瞑想したり、何もせずにインスピレーションを待ってみたり。
でも、以前のように力みがない。
「伝えたい!」のではなくて、私の役目は「ただ伝えること」なのだという、何か開き直ったような気持ち。
毎回難しいことをするわけではないけど、それでも「テーマ」を持つことによって、そこに流れが生まれる。
それが、結果的に自分を力づけ、ヨガを教えることによって、私はまたひとつヨガに出会う。
ヨガを教えることは、ヨガを学ぶということ。
誰かのため、何かのためではない。
ヨガにいつも触れていられることが、私の静かな喜びなんだろう。
淡々と。
そう、淡々と、という言葉が、今の自分に合ってる。
淡々としている。
アップダウンのない平坦な道を、静かに歩いている。
目の前にある道を、一歩一歩ゆっくりと歩く。
そして、かすかに心に響く、小さな小さな喜びが、目には見えないけれども重なっていく。
それが「しあわせ」というもの。
大きな感動とか、大きな喜びとか、大きな夢が叶うとかではなく
何にもないことが、平和。
安らぎは、何もないところにあるんだ。
淡々とした心が、雨音の中に溶け込んでいく。
淡々として、穏やかなのです。
今日という一日に感謝。
出会ってくれた、あなたに感謝。
namasute
aki
二度目のコメントです♪
わたしのヨガの先生も、同じようにとても冷静で、理知的でそれでいて人を包み込む温かみがありますo(^-^)o
わたしはヨガ教室へ行くと、生徒の皆さんがすてきな方なので、話をするのが嬉しくて、ついついハイになってしまいます(^_^;)
blogの内容とわたしなんかを同じにするのは失礼かと思ったのですが、何となくある部分でとても共感できました♪
とても雰囲気のいいクラスなので、生徒としてずっと続けたいので穏やかな気持ちでいる事が目標です♪
ショートケーキさま☆
共感ありがとうございます。
素敵な先生と、よい雰囲気の中でヨガを続けていらっしゃwるのですね^^
私も、来てくださる生徒さんたちがとっても素敵な方たちなので、お話しているとハイになってきゃっっきゃっとしていますが(*^_^*)
でも、毎回思うのが、クラスの雰囲気全体がとても調和していて、私もとても心地よく穏やかでいられるのだと思いますし、淡々とした態度というのは、ヨガ的であるということなんですよね。
またコメント下さい♪